およそ90年前の実家の書棚。
当時、近くにあった百貨店の倉庫から、祖父が譲り受けてきたと聞いている。
「本や書類」を収納するのではなく、家業が扇子の加工業だったこともあって
「仕上がった扇子を置く棚」だった。
父の代まで三代続いた扇子加工の仕事も父の他界で廃業し、約20年の月日が経つ。
高齢の母が「場所だけとって邪魔だから、もう捨てようか…」と言い出した。
今となっては種々雑多な物を置くだけの「棚」になっていた。
捨てるのは簡単。しかし、捨てるのが正解ではないように思えて思案に思案を重ねた。
「よし、木製の筆箱に作り替えよう。折角なので専門家にお願いしよう」
指物師、木工品製造などをキーワードに片っ端から調べる。
インタビュー記事が掲載されていた指物師さん。直感でこの方に!と、相談に伺った。
(あとから分かったが、著名な伝統工芸士の方でした)
「松の木でんな。ニスが塗装してあるとこを見ると、戦前に作られたもんやろうね」
どこで手に入れてたとか、どんな風に使ってきたとか。
こちらの勝手な思い出話にも、時おり棚を撫でながら、ご主人は柔らかな表情で頷いて下さった。
「使える所で筆箱を作ってみましょか」と、ご多忙な状況にも関わらずお受け下さった。
完成まで時間を要したものの、90年前の書棚が七つの新しい筆箱に生まれ変わった。
『木は伐採され、加工されてからも何百年も生き続ける』と何かの書物で読んだ。
薄皮を削って作られた筆箱の表面からは、樹のいい匂いがする。母も喜んでくれるといいな。
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